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March 23, 2011

長崎で被曝した母の話

私の母は、小学生の時に長崎で被曝しました。
その日爆心地近くに行くつもりが、反対方向の船に乗ってしまいました。
桟橋についたところで原爆が投下され、その爆風で10m近く吹き飛ばされたそうです。

秋(10月)になって母、祖母ともに嘔吐、下痢、下血を発症。
同様の症状を発症する人が多く、「赤痢」ということで隔離されたそうです。
隔離された人は次々と亡くなり、遺体も返却されないことから、私の祖母は母を守るため自宅で看病したそうです。

その時に母に食べさせたのは、リンゴ、わかめ汁、大豆です。
最初は何も受け付けないので、リンゴをすってしぼった果汁を、少し食べられるようになったら、鶏などでだしを取ったわかめ汁と大豆を与えていたそうです。
わかめ汁にはお米をいれておかゆのようにしていました。
わかめと大豆は負担をかけないように煮てすりつぶし食べやすくしていたそうです。

それから、川の水を飲んだ人たちは次々亡くなったので、祖母は絶対に川の水は使わなかったそうです。
家の中にあった井戸の水を、炭とそれを七輪で使った灰を入れた容器に入れてしばらく置いておきます。
その上澄みをそっとすくって沸かして使っていたそうです。

おそらく母が発症したのは「赤痢(今なら嘔吐下痢)」ではなく、隔離なんて必要がない放射線障害で、祖母の看病の内容は正しかったのだと思います。

そのおかげで今私が生かさせてもらっています。

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